Vol.034 [2003/06/30 Mon]
「分度」

(二宮尊徳(金治郎)の教え(報徳精神)のひとつ)
「分度」とは、
それぞれの身のほどを守り、相応の生活をする(分相応)ということ。
これにより収支のバランスがとれた安定した生活ができるというもの。
(出来ていない状態は分不相応という)
この前提にあるのは、まじめに誠実に勉強熱心に働いて収入を得ること。
単なる倹約(ケチ)とは違います。贅沢や無駄を戒めているのです。
そして、この「分度」の次にくるものは、
「推譲」といって収入の一部を将来のために譲る状態があります。
(これは自分の子孫へ譲ることを言うのではなく、地域貢献という意味らしいです。)
もう少しわかりやすく言えば、
自分自身の収入能力を忘れるな!
それを見極めた上で贅沢や無駄なく使え。
そして、将来につなぐ努力を惜しむな。
とういことでしょうか。
この報徳精神を聞いたとき、
まさに今の時代に使える考え方だと思いました。
最近の10代、20代の人たちを見ていると
(ひとくくりにするつもりは全くないですが...)
彼らの中には「分不相応」に気づいていない人。
「分相応」な暮らしをするレベルに達しない人が多いのではないかと思います。
「フリーター」なんって誰が呼んだか知りませんが、
カタカナにすれば良ってもんじゃない。
誇らしく「無職」を肩書きのようにしゃべる。
(そしてそれを「不景気」のせいにする。)
とりあえず「職」には就いているが何の向上心もなければ真剣さもない。
で、ギリギリの生活してるのかと思えば、不思議とそうではない。
きっと誰か(どこからか)収入の援助があるのでしょう。
それに甘えて(その自覚が在ればマシだが・・・)分不相応な生活をなんの疑問もなく送る。
そんな状態が許されるこの日本はどうなってしまうのでしょう。
それに彼ら自身が一番心配です。
そんな彼らに「将来はない」「与えない」ほどの強い態度で臨まねば、
本当にこの国は駄目になると思います。
(チャンスは与えるべきですが・・・)
本気になろうぜっ!
おまえ自身のことだ!!